留年丸の退学日和

中卒です。備忘録みたいなつらつら

現代におけるポピュリズム

 この記事は、古文の問題で前書きを読んでから本文に取り掛かるかのごとく、1つ前のエントリを確認してから読んで頂きたい。

 

 民主主義の「失態」とは、政治資格を持たない人々を政治に呼び込み、民主主義を衆愚政治に堕とさしめる点であったことは先のエントリで述べた通りだ。これを語るにはまず、ポピュリズムということについてまとめる必要があるだろう。

ポピュリズムとは元来、特定の政治運動に与えられた、いわば記述的概念であったはずだ。ラテン語で「民衆」を意味する「populus」を語源とすることからもわかるように、エリート主義と対をなすように使用される。それが今日では、強い価値判断を帯びた規範的概念として用いられることが多い。

重ねての引用になるが、稲葉振一郎氏によればこれは、 "リベラル・デモクラシーにおけるある種の「失敗」現象" と位置づけられる。リベラル・デモクラシーが、人々の資産格差を真剣に是正しないままに行われるならば、無産者の政治参加が形式的なものになりエリート主導を内実とする政治になるという「失敗」か、あるいは、政治的分別のない多数者による政治混乱が起きる衆愚政治になるという「失敗」が考えられる。ポピュリズムはこのうち後者にあたるとして批判を受ける。

こうした衆愚政治は通常、それをリードし大衆を利用しようとする悪質なエリートを伴うものとされることが多く、今日ではそうした政治手法を指す言葉として使われることも多い。Googleの検索窓に「米国 ポピュリズム」と打ち込めば、「ドナルド・トランプポピュリズム手法が米国をダメにする」なんて記事が大量に出てくることだろう。「アベ政治衆愚政治」なんて批判もネットにはそこそこ見られるのではなかろうか。「愚かな衆愚を正義たるリベラルへ導く我々エリート」という思想が根底にある以上これは避けられないし、なんなら内ゲバで自滅していただいた方がありがたいが、これはこれで対抗勢力としての存在価値が必要なのである。重要なのは「対抗勢力」がそこに存在することであり、民主合議制という体面を保つ上で必要不可欠だからだ。

 

 ポピュリズムに話を戻そう。二十世紀末ごろまで、先進諸国にとってのポピュリズムとは、歴史的過去あるいは途上国の問題として、いわば他人事であった。ポピュリズムの権化たるファシズムの台頭たる第二次大戦を経験したにも関わらずである。無論ファシズム台頭の契機となった政党政治、その限界への懸念はあったものの、政党を補完するチャンネルとして、労働組合であったり経済団体であったり、あるいは市民運動団体などが「圧力団体」として、民意を届ける役目を果たしていた。高度成長期のころの話である。そして1980年代まではこれがどうにか機能し、極端な党派対立を避けた脱イデオロギー的な福祉国家が誕生した、と思われてきたし、実際論じられてきた。

 しかし組織には肥大化がつきものであり、肥大化には官僚化を伴い、官僚化には団体エリートによる組織の私物化が必然である。すると下からの意見が十分に反映されなくなる。いや、実態に関わらず、そうした不満が必ず出てくる。これを「既得権益」と称して。

 そうした不満を、新自由主義を持ち込んでうまく組み上げたのが、英国のサッチャー、国内では中曽根政権や、近年の小泉政権である。強力な政治的リーダーシップを持って登場した彼らは、新自由主義をまとった小さな政府志向であったと言えることは間違いないであろう。

 しかしこれも限界が訪れる。二十一世紀に入ると、人々はグローバル化の荒波に疲れ始め、新自由主義にたいする疲弊と懐疑を持ちそれに辟易し始めた。政党も圧力団体ももはや我々を救ってはくれない。あれほど希求した小さな政府は我々の生活レベルを低下させた。今となってはむしろ、ナショナリズムの名の元に移民を制限し保護主義政策を実現できる、大きな政府を求めるようになった。

 以前のエントリで「興味深い」と称したのはこれである。つまり上に述べた要因を持って、戦後福祉国家を支えた利益団体が復権、とはならなかったことだ。かつての「グローバル・エリート」を「既得権益」と指弾するポピュリズムの装いをとった"跳ね返り"が起きたことは、ポピュリズムそれ自体が体系的なイデオロギー運動ではないことを示している。

 

 市民生活の領域、つまり民間における政治を考えると、労働組合のような中間組織の弱体化、労働運動の存在感の低下、そして「コーポレート・ガバナンス」という概念が流行したことの対比がある。先進国において1960~70年代は、労働組合を介した企業と労働者の関係が重要視された時代であった。しかし80年代に入ると、労働者の多くは中間組織を介して物申すのではなく、手っ取り早く転職という手段を取るようになった。これは一層の労働組合の弱体化を招いたのである。

 これは同時に労働者たちの疎外を意味した。企業も政治的意思決定の場であり、労働者がその立場を望まなくなった以上、お飾りであってもそこに座る人形が必要である。そして次に現れたのが株主や銀行、つまり債権者たちであり、およそ人形とは程遠い主体であった。株式会社は決して民主的に意思決定されるわけではないが、制度によって枠づけられる、ある種の共和制を敷くことが求められる。これはかつて労働組合を媒介として守られてきた人々が、何一つ不満解消のチャネルを持てない状況をもたらした。これが労働者たちの疎外ということである。

 下流やマイノリティであれば、「人権」という観点から、権利を国家から付与され、ある意味での特権階級として表層化する。気づいてみれば、何一つ持てないまま外に放り出されたのは中間階級であったというわけだ。そしてこれらのソーシャルな関係性を喪失した人々がポピュリズムを求めたと言える。

 

 いずれにせよ「リベラルな共和主義」の実現のためには熟議された民主主義が必要であることは間違いない。模索段階ではあるが、新たな中間媒体の再建が待たれるであろう。