インポ、大阪に立つ

始まりは10月の頭、開け放った窓から未だ暑さの残る空気が流れ込む自室。午前の講義をかなぐり捨てて、League of Legendをプレイしていた徹夜明けの朝だった。

「大阪で飲み歩きがしたい」

次の試合がマッチングするのを待つ間、ふと通話の相手がこぼした言葉から、とんとん拍子に話が進む。ひとくちに大阪と言っても、梅田なんかを見て回るのでは東京とさして変わらないだろう(東京の人ごめん)。せっかくならあの雑然とした下町を体感しようじゃないか。そうして選ばれた宿は西成区。いわゆる「ドヤ街」、そのアーケードに面した民泊であった。



そうして時は12月。
私ことインポマンは快速列車を2時間半、連れは新幹線で3時間。慣れない都会の電車に戸惑いつつも、久々の旅はひとまずの到着を見る。
階下にはカラオケスナック、向かいには昔ながらの喫茶店、そして真横にあの「スーパー玉出」。あたりには飲み屋が立ち並び、立ち飲みだか屋台だかわからないような店のオヤジがたこ焼きと焼き鳥を軒先に並べ、ワンカップを片手に酔客が大笑いする。
まさに我々の必要とした、我々の抱くイメージの「混沌たる大阪」がそこにあった。

ちなみに部屋には大小さまざまなくまモンが鎮座していた(なぜ?)



別々のところから出発するのだから当たり前だが、連れは1時間ほど到着が遅かった。部屋に荷物を置いて身軽になった私は、「先に飲んでる」と連れに連絡すると、新世界の雑踏へと繰り出した。金曜の昼過ぎということもあり人影はまばらだったが、それでも混沌とした雰囲気の一端は感じ取れるような気がした。そうして私はかの町に迷い込む。

あちこちに掲げられた「迎春」のぼんぼり、咲くには早い梅の飾り。時代を感じさせる軒先が顔を並べ、愛想を振りまく艶やかな蝶を、男たちの視線が睨めつける。

読者諸賢はお気づきであろう。日本一の花街、飛田新地である。

恥ずかしながら、私はこの歳まで、女性を買うということをしたことがない。煌びやかで、それでいてどこか鬱屈としたその街の雰囲気には、いかにも私はふさわしくないように思えた。なればこそ…












いや、見栄を張るのはやめよう。
私は童貞だ。徹頭徹尾童貞だ。そのうえインポ野郎である。私がインターネットで「インポマン」を名乗るのは、決してシャレなどではない。正真正銘のインポ野郎なのである。


つまり、ビビった。


私のような男が花街にいたところで、一体何になろうか?息子の病に思いを馳せるのもむべなるかな、いわんや引けた腰は笑われよう。何しろ私はインポなのだから。私は踵を返し、一路宿へと戻った。






見栄を張るのはやめると言った直後にこれである。"踵を返した"ではない。地に這いつくばりゲロを吐きながらほうほうの体で逃げ帰った。インポマンは にげだした!これぐらいの表現がお似合いである。

到着した連れに「飛田新地が意外と近くてびっくりした」などと話すと、連れは笑って「行く?」とだけ返してきた。その時初めて、私はその考えに至ったのである。

私が、女性を買う。

なるほど確かに、このオタク野郎が女性に触れてみるにはそれしかなかろう。息子に巣食う病も、荒療治にて克服されるやもしれぬ。しかしそこは生来のヘタレ、真っ先に浮かんだのは行かない為の言い訳。幸か不幸か私には、Twitterのオタク共、いや、偉大なる先人たちが嬉々として書き連ねる、いわゆる「風俗レポ」で学んだ知識がある。

「爪切ってないし…」

口をついたのはそんな言葉であった。
そして15分後、酒とかんたんなつまみを買ってきた連れは、ついでと言わんばかりに爪切りを差し出したのである。



ひと眠りし、翌日。シャワーを浴び、飯を食って、街へ繰り出す。一路目指すは、あの燦然と輝く料亭群。



インターネットの集合知は偉大である。まずは品定め。自らのセンサーにかかった女性があれば店先に近づき、その横に控える老婆に「その旨」伝える。右も左もわからぬ私に、初歩の初歩ではあろうが、なんとかやっていける程度の知識を授けることができるのだ。往々にして基礎とは奥義である。幸い通りには、他にも好色そうに品評を行う男たちの姿がいくつか見受けられた。郷に入ってはなんとやら、私も彼等に混じり、いかにも慣れたふうを装って通りを歩き始める。

始めてしまえばなんということもなく、ただぷらぷらと歩くだけでもそれなりに楽しい。なにせ客寄せの声がしっかりかかるのである。「メタルマックス」のお大尽イベントでも起こしたような気分で練り歩く。

しかし一通り回っても、これだ!という女性は見つからない。ひとまずベンチに腰を落ちつけて一服、と思ったところで、タバコを取り出す手が震えていることに初めて気がついた。

どうかこれは武者震いであるということにしてほしい。
インポ後生の願いである。


まるで味のしないタバコの火を半分ほどで消し、私は立ち上がった。時間を置くと女性が入れ替わるという話も聞いたため、一度部屋に帰ろうと思ったのである。これがわざわざなんばくんだりから歩いてきたというのであれば、生来の出不精と日頃の不摂生が災いして適当なところに入っていただろう。ところが我々のとった宿は、なんと飛田から徒歩2分。部屋に戻ると、もう日も高いというのに未だ眠りこけている連れを呆れ半分に踏んづけつつ、私はしばし呆けて過ごした。
20分ほどそうしていただろうか、再び物色を始めると、やはり顔ぶれは大きく変わっている。今度は2択に至るまで絞り込んだ。

1人は花魁風の衣装を肩まではだけた、男好きのする体のお姉さん。歳は20代後半と言ったところだろうか。目が合うとにこりと笑いかけるその姿は、正直かなりぐっときた。「忠臣蔵46+1」の清水一学を目元だけ柔らかくしたようなイメージで、芯の強さを感じさせながらも優しげであった。
もう1人は制服(制服!フィリア女学院みたいな白を基調としたデザインだった)を来た、小柄な黒髪の美少女。こちらはもう少し若く見える。こちらは美しいというよりは可愛らしい感じで、店先で小さく手を振る姿は、さながら小動物のよう。エロゲヒロインで例えるなら、「9-nine-」新海天を少し大人しくした感じである。



すこし考え、私は後者を選ぶ。
ロリ、いいよね。



店に入り靴を脱ぐ。勧められるままおっかなびっくり二階に上がると、料金表には「20分16000円」とある。私の調べでは15分11000円で全店統一のはずだったので、少々ダマされたような気分になった。若干のわだかまりを抱えながらも、こうしたお店は初めてだと伝えると懇切丁寧に説明してくれる。と言っても、金払ったら服を脱いで座ってろ、ぐらいなものではあるが。とりあえず勝手も分からないので、20分と伝えた。

さて、私が一糸まとわぬ姿で横になると、嬢がゴムを装着。手馴れたものである。そしておもむろに息子を口に含むと、舐め上げるように吸い付き始めた。最初は優しく、丁寧に。息子はしっかりと、舌が裏筋を刺激する感覚を伝えてくる。吸い上げる度に洗われるような震えが私を襲う。まさに初体験の感覚。

だが、それだけだった。

うんともすんとも言わない私に、嬢は困ったような顔でうーん、と呟いた。しばしの逡巡の後、手段を切り替えることに決めたようで、玉を触りながら手コキを始める。この間も舌でチロチロ舐めてくれるのが良かった。

だが、それだけである。
本当に、それだけ、なのであった。

なんだかこちらが申し訳ない気持ちになる。彼女もプロ、チョロそうなもやし1人満足させられないとあらば傷つくプライドもあろう。私は彼女に、これは彼女の性技の未熟さ故ではなく、息子の抱える病のためであると告げた。

私の頭に鳴り響くのは、「euphoria」帆刈叶が自らの尻穴から一抱えほどもある豚の人形を排泄する時の、あの忘れもしない効果音。咄嗟に吐き気を抑えるため、口を腕ごとおおったのは英断だったと思う。あのまま行けば間違いなく吐いていた。

明らかに嬢の目はヤバいやつを見る目になっていた。そこでアラームが鳴る。時間ですか?と尋ねると、これは5分前ですね、と答えてくれる。もはや満足する結果は望み得ないだろう。不審そうな嬢に対し辞意を伝え、彼女が退室した間に服を着る。彼女にしてみれば楽な仕事だったことへのサービスかもしれないが、時間まで背中をさすってくれていた。

コートを羽織り、店を出る。貰った飴は、行為を終えた証なんだそうだ。開けていきますか?との問に、私はかぶりを振る。客引きがどうの、というのは知っていたが、甘いものを食える気分ではなかった。

帰り際、相変わらずの少し困ったような顔で、小さく手を振ってくれた嬢に、やはり申し訳なく思った。軽く手を振り返し、ひと仕事終えた顔の男たちが集まる区画へ足を向けると、細身のメビウスを1本取りだし、おもむろに火をつける。

味のしなかったはずのタバコの、煙だけがいやに目に染みた。